【思考放棄】何も考えずに生きていたい

底辺ニート思考
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なぜ大人になるとこうも色々考えて生きていかねばならないのか。

今日の交通費、今日の昼飯代、明日払う光熱費、口座引き落としの奨学金、来月の給料。

明日の仕事、会議内容、たまった課題、

老後のこと、兄弟の今後、親の介護、葬儀やら冠婚葬祭、住居のこと、、、

次々と浮き出てくる問題やら課題やら。

あれもこれもお金が絡んでくるので、お金稼げばなんとかなるのかと思いきや、そもそもお金を稼ぐために考えねばならないことが非常に多いのでつらい。

頭を捻くりまくり、悩ませハゲさせ、ようやく答えが出たと思いきや、そこからうまく行くとも限らない。

自分一人で解決できるのであれば良いのだが、大抵はそこに家族やらパートナーやら、考慮しないといけない人間関係があるので、さらに悩ましい。

仕事になると、関係者が一気に増えるのでそこからさらにややこしいかつ面倒くさい。

学生時代は、嫌な人は関わらずに行けたし、なんだったら絶交とか言えたし。

長くても3年間ほどで、みんな別の道に行くし、授業やら部活やらでそこまで関わるとも限らない。

そもそも同じ学校で生活するだけなので、そんなに関係よくなくても何とかなる。

だが、学生が終わった途端、そうではなくなる。

場合によっては自らの首が締まるし、立場が悪くなる。

給料にも関わる、というか生活に関わる。

人間関係の考え事は、退職理由のトップ。

コロナ禍でも、友人に会えないなどの理由で鬱になる人が増えている。

仕事も辞めざるをえず、給料が激減、そして家を追われる人もいる。

次の仕事も見つからない。

なぜあんなにも学生時代に頑張ったのに、必死に仕事に就いたのに、お金も稼いでいるのに、次から次へと問題が降ってくるのか。

ただ普通に生活したいだけなのに。

高望みもせず、あれやこれや欲しているわけでもなく、対して他者に迷惑かけているわけでもなく。

なのに、少しミスしたことで怒られ、ウザがられ。

多少のことでキツく当たられ。

あれやこれや仕事を割り振られ。

少々の給料で、生活をして、借金返して、なおかつ老後の用意をして、家族の面倒をみろ、と。

そして平日は仕事をしろ、場合によっては土日も出ろ。

だが、残業は最小限に。家族は大切に。男女平等で。環境に優しくしろ。問題は起こさないように。発言には気をつけて。会社の規則は守りましょう。

なんというか、窮屈そして辛い。

考えることが多すぎる。

頭が痛い。

こんな中で楽しく生きよう、笑顔で、目標を持って、前を向いて、なおかつ成長しよう。という。

え、むり。

ってなった私は甘えでしょうか。

こんな世界でも、生活でも、自らの努力と工夫で道を切り開くのが、大人なのでしょうか。

何も考えず、ただただその日を生きていた、あの明るい10年前に戻りたい。

しかしそんなこと言っても無駄で。

子供の素晴らしさというのは、その無垢な思考そのものなのでしょうか。

いやでも大人になれば頭の中をあれこれで汚染されるのだから。

いやでも考えなければいけない。考えていないと大人として失格レッテルを押される。

子供のうちはそれがない。

子供はそんなことを考えず、毎日を楽しく全力で過ごすことが許されている。

大人はそうは行かない。

自然と目線は下を向き、真顔になり、考え事をする。疲れ果て、たまの自由時間は無駄に消費する。皺が増え、いつ間にやらただ仕事をするだけの、まさに思考停止と化す。

しかしそれが大人だ。大抵の場合。

もう何も考えず生きていたい。

いったいなんのためにここまで来たのか。

禿げそう。

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