障害者の家族としての漠然とした不安

親なきあと
この記事は約3分で読めます。
スポンサーリンク

「親なきあと」という言葉があります。

親が亡くなり、その後の生活をどうするか?という問題。

現時点でも、祖母・祖父の介護という今後の問題がある。
そのほかにも、両親の介護という問題が今後あります。

私の場合、それに加え、家族に障害者がいます。
その兄弟の今後の生活をどうするか?
両親のサポートがあればこそ、現時点では生活できていますし、
私自身はある程度、自由に生活できていますが、
「親なきあと」、つまり両親に何かあった場合、もしくは亡くなった場合。
私が面倒を見るわけですが、、、

とにかく、心配事。
とかく、漠然とした、不明確な心配事が多いです。

障害者の兄弟がいる、ということは私は全く隠してないですが
人によっては「言いづらい」という意識があり、
いわゆるコミュニティが形成しづらいということがあります。

幼稚園なりクラブなり、いわゆる「ママ友」のようなコミュニティがあれば、
不安ごと・心配なこと・悩みなど、話し合いや愚痴から解決できたり、アドバイスがあったりします。

みんながみんな大ぴっらに障害者の家族のことを話せず、
心配事などを必ずしも解決できず、「孤独感」なども感じる可能性があります。

いわゆる健常者の子供をもつ家庭とは、少し違う悩みが出てきます。
さらに子供の障害によって、家族の負担や育児での悩みが違ってきます。

そのため必ずしも、話し合いや相談で解決できるということもなく、
結局各家庭で折り合いつけるなどして、行っていくしかなくなります。

少し話がそれましたが、
現時点での私の心配事というのは、「金銭面」が大きいです。

生活していく上では、お金がかかるわけですが、
私の兄弟の場合、障害が重いので「就職」による収入が見込めません。

障害の程度によっては、就労などで一定の収入があり、生活の足し、場合によっては自立ということも考えられますが、私の場合は無理です。

障害年金というものによって、工面できるかと考えるわけですが
あくまで年金であり、生活の資金のための一部にしかならないでしょう。
将来的には、介護施設などへの入所なども考えると、その資金が必要で、
かつそこに家族の他の支出もあるとなると、
おそらく足らず、家族のサポートのために時間をかけると
「時間と資金」が足りないという、なかなかに辛い状況に。

私のプライベートが全くなくなるかもしれないという心配事も。

とかく、全くどうなるか見えてこない将来が不安になる。

一体いくらお金がかかるのか。
生活の支援にどれほど負担がかかるのか?
それはいつから始まるのか?
どれほどの期間続くのか?
私に負担できるのか?

どんどん不安が増していく。

考えすぎなのか。

結局、自分の時間が欲しいだけ。
面倒を見る、資金負担が嫌なだけの独りよがりの考えなのか?

サポートを受けたいというより、相談。
というより、誰かに話して少し気楽になりたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました