「子供二人欲しい!」はい、無理〜。

底辺ニート思考
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「子供欲しいけどさ〜」

「実際きつくない」

「それな」

これが最近の会話です。

いやはや昔はよく言いました。
「結婚したら子供は二人は欲しいな」、と。

(ちな。私は「大家族のお父さんになりそうな人ランキング1位」でした。何それ・・・)

何を呑気なことを・・・と今は思います。

昔の同期が結婚して子供ができたと聞くと、表面では「おめでとう」と言いつつ、

こいつらどこから教育費捻出するんだろう?
そもそも家庭収入いくらなんだ?
同い年だよな?
そんなに稼いでいるんだろうか?
大学まで行かせる気なんだろうか?
幼稚園とかいくらかかるんだ?
そもそも今入園できるところあるのか?
・・・まぁそのくらい考えてるか・・・。乙

と、性格が歪んでいることに気付きます。

歪んでいる私はいいとして、
実際問題「子供を育てるための生活」をするにはそれなりに稼いでいる必要もあり、
なおかつ子供に回せるだけの「生活力」もとい「財布管理力」が必要です。

いくら少子化だからとか、国の経済力を高めるにはとか、年金やら社会福祉のためにはとか、
あれやこれや経済やら社会の専門家が解説しようが、
実際問題、これから子供を作るであろう若者が「子供」を検討するような状況にならない限り
「子作り」は始まりません。

もちろん「できちゃった」なかたもいますが。
しっかり考えた上で行動する方もいます。

子供一人できただけで生活はいっぺんします。

住まいのこと、食費のこと、ベビー用品、日頃の子守、仕事。
兎にも角にも「金銭」を念頭に考えねばなりません。

しかーし。
たかが20万円ほどしか収入がない人間が、さらにもう一人分捻出しろと言うのは無理があります。

ただでさえ「育休・産休」で収入が減ると言うのに、それでなんとかしろと。
さらに男性は相変わらずこれらの休日が取りずらいため、女性に負担が偏ります。
と言うことは女性の収入が減ることはかなりの確率で直面します。

その時もう一人のパートナーはそれを補えるのか。

現状の私ははっきり言って無理。
さらにではこれからの3〜5年でどうにかできるかというとそれもほぼ無理。

これといったスキルもなく、実績もなく、まだ若いので経歴もない。

「子供・・・無理」

となります。

アンケートなどでは「子供欲しい」と言う人は一定数いるそうです。

しかし現実を見ると、
「収入的に無理」
「そこまで考えられる状況ではない」
「相手がいない」
「今はしごと」

みたいな意見が多いです。

さらに若い人たちは直近の年に起こりうるイベントよりもさらに先、
いわゆる年金問題もとい「老後」の心配で頭がいっぱいです。

「この状況下で、老後まで準備できない」
「いつまで働くのか」
「死ぬまで働くのか」
「将来が見えないのに結婚・出産なんてできない」
「家や車を用意できない」

悲観のバーゲンセールです

これは日本に限らず、中国・韓国など、近隣さんでも現代の若者問題の1つです。

中国では、子供一人に対して日本の2〜3倍と言う教育費がかかります。
受験戦争が激しく、留学も盛ん、大学受験は1発勝負。
親は自分よりもいい生活をしてほしい、そのためには良い学歴が必要と言うことで、
とても教育にお金と期待をかけます。

結果、教育産業は盛り上がりその需要に伴い価格も上昇。

子育てにかかる費用はとんでもないことに。

そしてそうやって育てられた子供は大人になり、現代の労働力となっているわけですが
社会に出た時点ですでに「疲れ切っています」

受験・勉学・資格・学歴。
点数と評価の戦争をすでに駆け上がってきた人々は、もうすでに燃え尽きています。
そして親としてそれを自らの子へ還元する余力・情熱を持ち合わせていません。

結果「寝そべり族」の誕生です。

「頑張らない・無理しない」精神です。

若者たちは、期待をかけられ金をかけられ、必死に評価を上げ、勉強しまくった結果、
社会の歯車になりました。
新しく会社を立ち上げるなど、新たなリーダーになるのは
一部の「優秀もとい異端な人」や「運のある人」、「サラブレット」のみ。

そのため「あれだけ頑張った結果至った場所が、ここか・・・。」

となり、「不満や不安・鬱憤」に変わります。

グダグダしましたが、

はてさてこれはどうすれば解決に至るのか。

経済学者な方々は、出生率は1.5は欲しいだの、2.1が必要だの言いますし、
人口は経済発展には不可欠だの言います。

とはいえ経済の発展だの、国家の発展だの、
そういったことのための子供の確保というのは説得力にかけます。

なぜなら国が大きかろうが小さかろうが、
世界で覇権を握っていようがいなかろうが、
アメリカや中国に並ぶ経済大国になろうが、後進国になろうが、
自分が良い生活してればそれでいいのです。

自分がしたい生活できればそれでいいのです。
国がどうこうとかぶっちゃけそんなの後回しです。

ということは、問題はもっとマクロ。
みじかなことです。

実際、子育て支援とか公園整備とか、そういった子育て世帯のためのまちづくりをしている
自治体ではよく子供を見かけますし、若い夫婦をよく見ます。
市民・町民も増えているそうです。

フィンランドなどの福祉国家も、人口が多いわけでも、経済規模が大きいわけでも、
所得が多いわけでもありません。

福祉的な面で手厚いということで有名な国です。

しかし、その人たちはアメリカみたいな経済規模がなくても「幸せ」だと言います。

経済成長・所得倍増・国家繁栄。
そんなことを言っている国の国民は、
「都心貧困」に苦しみ、
「老後不安」を抱え、
「成長・勉強」に追われ、
「生活費」を切り詰め、
満足した「生活」を送れず、
望んだ「将来」を送れない。

果たしてこれは本当に追いかけるべき道なのか。

本当に「子供」を育てて欲しいのであれば、
経済成長前提の今の指針・議論などは、根本的に見直すべきなのではないでしょうか。

あれ、私何者?
はい、ニートです。ごめち。

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